シャープ EL-509T

機種の説明

EL-509T-RX

2016年10月発売.「式通り入力」が可能,2 進, 16進数や論理演算が可能で統計機能も持つ機種で 2000円程度 で手に入れることができるので,学生に推奨できる機種です. ライバル機は,同程度の価格,機能ではカシオ fx-375ESが, もう少し上のポジションに fx-JP500 があります.

本機は 2014 年発売の EL-509M の改良版です.操作面での最大の改良点はメニューやメッセージで 画面に日本語が表示されるようになったことでしょうか (英語に変更することもできます). 画面解像度が旧機種と変わらないのでドットの荒い懐かしい フォントではありますが. 機能面では,待ち望んでいた余りを求める演算が搭載されたことが 大きいです.暗号理論の授業でも問題なく使えるようになり, もともと 2 進 16 進が使いやすく,情報系向きだったシャープ機に これで死角がなくなりました.さらに 統計計算では人気の高かったカシオ機同様の表計算形式の 入力を取り入れた点も大きな変化です.

機能面ではほかに, 現在記憶しているメモリーの内容の一覧を確認する機能が追加されました. ライバルのカシオ fx-JP500 にも同様の機能があり, メモリー機能をとっつきやすいものにするために有効な機能です. "HOME" ボタンも新しいところです.自分がどの状況にいるのかわからなくなった ときに基本画面に戻ることができます.機能が複雑化しているので初心者のことを 考えると欲しい機能ですね. また,計算後に表示形式を 0.33E6 のような工学的指数方式に 切り替えることができるようになりました.一般的な 工学分野では重要な機能だと思いますが, 本サイトの用途では重要ではありません.

ボディの造形も少し変更されています.旧機種の特徴だった つやあり黒のトップが一般的なつや消しに変更されました. キーの配置も変わり,特徴的だったオーバル形状のカーソルキーも一般的な 十時型に変更されました. キーの遊びはグラグラさせてみるとそれほど変わらないのですが, 前モデルのツヤありボディーがスキマを目立たなくしてくれていたことに 気づきました.よくみると本体の幅がキーがある下部分が表示部分より ほんの少し大きくなっています. 全体としてデザインは旧モデルに比べて尖ったところが無くなり, ちょっと一般的になりました.どうみても前のほうがカッコよかったです. 旧モデルで窪んでいた太陽電池パネルと表示部がツライチに変更されていて, ここは本機種のほうが良いですね.

カラーバリエーションもあって,型番の後ろに -WX がつくとホワイト,-AX, -RX でそれぞれブルー,レッド になります(写真はレッド). 指定機種にするにもカラバリがあるほうが学生に とっても楽しいですよね.

このシリーズの大きな特長として「機能メモリー」という機能があります. これはよく使う関数や機能をキーに記憶できる機能です. 本機の場合底が e, 10 以外の log を計算しようとすると [2ndF] [logax] とキーを 2 回押さないといけないのですが, この機能を使うことで 1 つのキー操作で入力することが できるようになります.

上記キー操作を機能メモリーキー [D1] に記憶させたい場合は [STO] [D1] を押します.すると "D1 登録中 機能/関数を選択" という表示が出ます.ここで記憶させたいキーストロークの [2ndF] [logax] を入力すると "登録しました!" と表示され記憶がが完了します. (日本語になっても "!" は健在だ) 以後は [D1] キーを押すだけで [2ndF] [logax] を押したのと同じことになります.任意の底の対数が [2ndF] を押してから呼び出す,いわゆる裏のキーにまわっているのが本機の 情報系学生にとっての欠点なのですが, この機能を使うことでカバーできます.どうせなら底の 2 をキーインするところまで記憶させたいのですが, 残念ながらそれはできません.旧機種では 4 個あった機能メモリーの数が 本機では3 個に減少していますが問題にはならないでしょう.

上述のようにキーバインドを自分好みに変えられる本機ですが, 標準のキーバインドで優れている点はメモリーに記憶させる操作である [STO] とメモリーから読み出す操作である [RCL] が共に独立のキーとして 1 キーで使用できる点が挙げられます.

初心者はメモリを使うこと自体にハードルを感じているので 少しでもメモリーの使用を簡単にしておいて欲しいです. また,情報理論では 多くの値を一時的に計算して最後にまとめて計算することを行うので, 一回記憶させて一回呼び出すだけ,という使い方を多用します. そういうわけで特に [STO] が独立しているのはありがたいです. 本機から搭載された現在記憶しているメモリーの内容の一覧を 確認する機能も便利です.

また,[STO] が独立していることでキーの印刷の色の意味が わかりやすくなっていることも見逃せません. たとえばカシオ,キヤノンのように [STO] が裏にまわっていて 黄色の [SHIFT] キーで呼び出す 機能であれば [STO] の文字は黄色で印刷されます. [STO] と [RCL] が表キー(第一機能)であればこのような色の制約がありません. そのため本機では [STO], [RCL] は青で印刷されていて,その後に打つ メモリ名のアルファベットも青で印刷されているので初心者にも 次にどのキーを打てばいいのかが分りやすくなっています. 本機のキーの印刷はよく考えられたものだと思います.

それでは例題を計算してみましょう.

以下のキーストローク表記では 第 2 機能を呼び出すキーを [2ndF] と表記します. [2ndF] キーの後に表記されるキーの名前は キーの表面に書いてある文字ではなくその機能名で表記します. つまりキーの上にオレンジ色で印刷されている文字を表記します. 例えば [logax] は Exp が表面に印刷されている キーの上にオレンジ色で印刷されている第 2 機能なので, logax のキー入力は [2ndF] [logax] と表記します.

log を使用する例題

まず手順 1. です. log に与える数をあらかじめ逆数で入力する,
(1/3)log23 + (2/3)log23/2
の式を計算します. 1/3 や 2/3 の括弧と乗算記号が省略できるので入力は

[1] [a/b] [3] [→] [2ndF] [logax] [2] [→] [3] [→] [+] [2] [a/b] [3] [→] [2ndF] [logax] [2] [→] [3] [a/b] [2]

メモリー A にストアします.

[STO] [A]

手順 2. はこれと同様ですが,第一項の log の 真数(5/4)の分母から抜けるのに[→] を一回,括弧から抜けるのにもう一回押す必要があるので こちらのほうが 1 ストロークだけ多くなります.

[4] [a/b] [5] [→] [2ndF] [logax] [2] [→] [5] [a/b] [4] [→] [→] [+] [1] [a/b] [5] [→] [2ndF] [logax] [2] [→] [5] [STO] [B]

レギュレーションに従って メモリー A に 4/3 を掛けたものとメモリー B に 1/4 を掛けたものとの 和をとれば完成です.積記号を省略できるので入力は以下のようになります.

[3] [a/b] [4] [→] [RCL] [A] [+] [1] [a/b] [4] [→] [RCL] [B] [=]

合計 63 ストロークになりました.上で書いたように機能メモリーキーに [2ndF] [logax]を登録しておくと 59 ストロークで済みます.情報系の学生は [2ndF] [logax] を登録しておきましょう.

[STO] が独立して [RCL] と並んでいるのがいいですね. メモリーに設定,呼出しを繰り返す計算が快適です. この機種のメモリーはとても使いやすいので 学生のみなさんもこの例題で練習して 積極的にメモリーを使うようにして下さい.

2進,論理演算を使用する例題

まず,通常の状態(10進)で 170 を入力し, 2 進モードに変更します.

[1] [7] [0] [2ndF] [→BIN]

2進モードではキーに cos と印刷されているキーが OR のキーになります.キーの右上に白で印刷されています. このキーを [OR] と表記します.(実際にキーにORが印刷されているわけではない) 下の統計でふれた [DATA] キーもそうなのですが, モードによって表キーの機能が変わるこのルールは分りにくいです.

続きの入力は以下のようになります.

[OR] [1] [1] [1] [1]

この後式を確定させ 10 進に戻れば完成です.

[2ndF] [→DEC]

全部で 12 ストロークでした.

この機種で 2 進数の扱う時の特長は普段の計算モードと 2 進モードをすぐに行き来できるところでしょう. ちょっと「この数は2進ではどうなんだろ」 という時に使いやすいです. 普通に計算をしていた状態で,モード変更をすることなく 数値をキーインした状態で [2ndF] [→BIN]で値の確定と 2進表示が同時にできて便利です. また 2 進(10進以外)モードのときに論理演算が 1 キーで呼び出せるのも 便利です.

これは 10 進モードの時(通常時)に三角関数などが割り当てられているキーに 10 進以外の時に論理演算を割り当てているからで,そのために 10 進以外で三角関数は使えませんし 10 進で論理演算が使えません. 10 進以外で三角関数は使わないでしょうが,ネットワーク分野では 10 進の論理演算を使います.

また,本機の特徴として,表示させている基数でしか 値を入力できないということが挙げられます. このため,IP アドレスの計算などで使う 10 進 2 進が混在した 論理演算を行う式が入力できません. 10 進で入力した値に対して 2 進で入力した数値との論理演算を行うには 一度 2 進表示に変換する必要があります.

また,2 進表示では(内部的にも) 10 bit までしか使えないのが問題になるかもしれません. 本機は 2 の補数表現なので値としては -512 から 511(10進)までの 数値になります.ちょっと心配ですね.

実務で使うのならこれらの点は問題になるかもしれませんが, 情報系の教育目的であれば問題無い,むしろ有利と言える面もあります.

2 進表示モードで 10 bit までしか使えない問題については ネットワークなどで出て来る数値は 8 bit で区切られているので 256 まで扱えれば大丈夫といえます.もともと人間が扱いやすいように そうなっているからです.それより桁の多い 2 進表記は 情報系では表示スペースの節約のため 普通 16 進(か8進)で記述します. 今回の例題では 10 bit で問題無いとはいえ, 後継機種では改善を期待したいです.

10 進表記の数値は一度 2 進に変換しなければ論理演算にかけられないという点は, 結果を得るだけなら基数混在の演算ができたほうが効率的ですが, 教育という観点ではメリットと言えます.IP アドレスの論理演算などは 10 進で与えられた IP アドレスの 2 進表記を考えるのが理解のポイントなので その過程を強制的に学生に見せるのは学習効果があると思います.

統計機能を利用する例題

本機で大きく変更があった所です. 以前から評価が高かったカシオ機のような表計算ソフト形式の インターフェースを取り入れました.もともとシリーズ機にあった 行単位でデータをまとめて入力する機能と合わせることで カシオ機の弱点をも解消した意欲的な設計になっています.

1変数統計演算の例題

統計モードに入るには以下のキーを打ちます.

[MODE] [1]

次に 1 変数統計計算であることを入力します. 0 番の"SD"が1変数統計です.

[0]

ここで表計算形式による入力モードになります. 入力後に平均値などを確認,計算する計算モードに 移行するには[DATA]キーを押します.逆に 計算モードから入力モードに戻る場合も同じ [DATA]キーを押します.

モードを変えると統計メモリの内容がクリアされる 仕様です.データがクリアされているかどうかは 表計算方式の表示で一目瞭然なので消したい場合は [2ndF] [CA] で統計メモリをクリアします.クリアした場合は 計算モードになるので[DATA]キーを押して 入力モードに移ります.

以下データを順に入力します. 数値,[,](キートップに "," と "(x,y)" が印刷されているキー), 個数,の順に入力して[ENTER] (キートップに"="が印刷されているキー) を押します. [,] と個数を省略すると 1 個になります. これを行数だけ繰り返します. 例題に対応したキー入力は以下のようになります.

[0] [ENTER] [3] [ENTER] [4] [,] [4] [ENTER] [5] [,] [6] [ENTER] [6] [,] [5] [ENTER] [7] [,] [2] [ENTER] [9] [ENTER] [1] [0] [,] [3] [ENTER]

データの入力が終わると

[DATA]

キーを押して計算モードに移り,以下のキーで統計量の一覧を表示させます.

[ALPHA] [統計量][0]

平均値は 2 番めに x として表示されています.

統計データのクリアがなかった場合の合計ストロークは 34 ストロークでした.

2変数統計演算の例題

まず統計モードに入ります.

[MODE] [1]

2 変数の統計の相関係数はこの機種の場合 1 次回帰計算 というモードになります.

[1]

必要なら統計メモリをクリアし,入力モードに戻ります.

[2ndF] [CA] [DATA]

以下データを順に入力します.2 つの変数は [,] キー (キートップに "," と "(x,y)" が印刷されているキー)で区切ります.2 変数統計の 場合も xy 両方が同じデータが複数ある場合は yの数値のキーインの後に [,] キー (キートップに "," と "(x,y)" が印刷されているキー)を押して個数を入力してから [ENTER] ボタンを押します.キー入力は以下のようになります.

[1] [.] [5] [,] [1] [.] [2] [ENTER] [2] [.] [1] [,] [1] [.] [9] [ENTER] [9] [.] [3] [,] [8] [.] [7] [ENTER] [0] [.] [9] [,] [1] [.] [2] [ENTER] [5] [.] [5] [,] [6] [.] [1] [ENTER] [4] [.] [2] [,] [3] [.] [8] [ENTER] [7] [.] [1] [,] [6] [.] [7] [ENTER] [1] [.] [1] [,] [0] [.] [9] [ENTER]

データの入力が終わると

[DATA]

を押して以下のキーで計数値の一覧を表示させます.

[ALPHA] [統計量] [1]

3 番目の r の値が相関係数です. 統計データのクリアがなかった場合の合計ストロークは 71 でした.

統計機能のインターフェースがグラフィカルになり,直感的で わかりやすくなりました.もともとシリーズ機がもっていた カンマで区切って行を一度に入力する方法と共存できており, カシオ機の弱点をも解消しています.

実際に使う場面では入力した値を一度は確認すると思います. 入力モードと計算モードの行き来は [DATA] キーで行う ということだけ覚えておけば便利に修正作業が行えます.

総評

同じように見えて機種ごとに結構違うのが「式通り入力」です. 本機の「式通り入力」はなかなか先進的です.特に積記号の省略や,sin,log などの被演算数が単項式の場合に括弧を省略できるのが教科書表記に 近く好印象です.2×log(10×A) よりも 2log10A のほうが教科書らしいですよね. 特にこの機種は log10A を log(10×A), log10+A を (log10) + A と解釈してくれます.すばらしい. 残念ながら情報系で多用する log2 には括弧が強制的に付きます.これは真数が分数の場合分母の位置と 底の位置が似ているため,括弧がないと紛らわしくなるための配慮でしょう. 解像度が上がってこの括弧が不要になるのを期待します.

もともと使いやすかった 2 進,論理演算に加え, ライバル機にある日本語表示機能,メモリー変数一覧機能,統計モードの 表計算形式表示をもりこんだ意欲作です.しかしこれらの追加 機能はいずれも高解像度の画面で真価を発揮するので カシオfx-JP500を超えたオールマイティー機種とは言えません. fx-375ES が相手なら本機のほうがいいと言えるのですが.

欠けていた余り計算も実装され,情報系の学生には機能の不足なく 勧めることができる機種になりました.それでもライバルの fx-JP500 とどちらをとるか,と考えるとfx-JP500の高解像度画面 の良さを一度体験すると本機の表示は見劣りしてしまいます. 値段で本機,見やすさでfx-JP500というところだと思います.

シャープ機の魅力である「式通り入力」がカシオ機よりも教科書に近い点, 今回追加された日本語表示機能,メモリー変数一覧機能,統計モードの 表計算形式表示はいずれも解像度が上がれば魅力が高まります. シャープさん,これの高解像度版を出してください.


Updated in September 28, 2019, Yamamoto Hiroshi Web