キヤノン F-789SG

機種の説明

F-789SG

2012年12月発売.「式通り入力」が可能,2 進, 16進数や論理演算が可能で統計機能も持つ機種なので 情報系で必要な機能は満たしている機種です. 実売価格が 2500円程度なので 2000 円クラスで 必要な機能が揃っているシャープ EL-509J, カシオ fx-375ES があるために今回は 推奨機種からは外しました. 価格は無駄に高いわけではなく本機種は EL-509J や fx-375ES ではできないベクトル,行列計算ができる 1 クラス上位の機種にあたります. シャープでは EL-520J,カシオでは fx-915ES が機能的に 相当する機種で,実売価格も同等なのでベクトル,行列計算が 必要なら高価な機種ではありません. ただ,情報系ではこれらの計算はまず使わないでしょう.

キャノンは下位機種に F-718SA/SG があるのですが, 2 進表記を扱うことができないので 今回は評価に加えていません.この下位機種がモデルチェンジで 2 進を扱えるようになれば日本の電卓御三家の一角の キヤノン機も本命候補に加えることができるので期待したいです. しかし,ネットワーク分野で扱う 2 進の数値は 10 進で 256 程度までなので 慣れると暗算でなんとかなります. 割り切って下位機種の F-718SA/SG を買っても実際には困らないと思います.

本機のデザインはいわゆるミニマルデザインで, 誰にも好かれるシンプルなものです. 後で説明する新機能の Apps キーのおかげでキーの印刷も少なめです. 高級機だけあって表面の仕上げも高級感があり, デザインは高く評価できます. 同じように見えるキーも,左下と右下のキーは本体の R に合わせて少しだけ形状を変えてあるあたり,なかなかのこだわりです. 正面から見た形はシャープ EL-509J とほぼ同じですが 本機のほうが薄く,持ちやすいです.

キーアサインについては 情報理論で多用する [log□] が表にない(1キーで呼び出せない)のが残念です. 本機ではまずキー上に [Alpha] と印刷されているキーを 押して次に表面に [log] と印刷されている(右上に青で[log□] と印刷されている)キーを押す,という 2 キーで入力します.

また,メモリーに記憶させる機能の [STO] が表にない ことも欠点です.[Shift] を先に押さなければいけません. 初心者はそもそもメモリーを使うことにハードルを感じているようなので, メモリーの使用方法は少しでも簡単であるほうが良いです.

そういえばなぜ Shift と Alpha (と Apps) はキー表面に印刷されていないのでしょう. MODE と ON はキーに印刷されているのに.カシオ fx-375ES の SHIFT, ALPHA もそうなのですが,あちらは最上段の青いキーは表面に印刷しないことで 統一しているようです.

本機の大きな特長は [Apps] キーという操作性の工夫です. どの関数電卓でも,キーに割り当てられていない機能を実行するには, 特定のキーを押すとメニューが現れて,そこから番号を選択して... と操作するのですが,もともと使う頻度の少ない機能なこともあり, どうやればメニューが出るのかなかなか分りにくいものです. 本機ではメニューを出すキーを [Apps] キーとして 独立させました.[Apps] を押すとその状態で実行できる 機能のメニューが表示されます.すぐに実行に移れる Help 機能みたいなもので便利です.

それでは例題を計算してみましょう.

以下のキーストローク表記では 各キーの上に黄色で印刷された機能を呼び出すキーを [Shift] と表記します. [Shift] キーの後に表記されるキーの名前は キーの表面に書いてある文字ではなくその機能名で表記します. つまりキーの上に黄色で印刷されている文字を表記します. 例えば [STO] は RCL が表面に印刷されている キーの上に黄色で印刷されている機能なので, STO のキー入力は [Shift] [STO] と表記します. 同様に各キーの上に青色で印刷された機能を呼び出すキーを [Alpha] と表記し,[Shift] と同様に表記します.

log を使用する例題

まず手順 1. です. log に与える数をあらかじめ逆数で入力する,
(1/3)log23 + (2/3)log23/2
の式を計算します. 1/3 や 2/3 の括弧と乗算記号が省略できるので入力は

[1] [■/□] [3] [→] [Alpha] [log□] [2] [→] [3] [→] [+] [2] [■/□] [3] [→] [Alpha] [log□] [2] [→] [3] [■/□] [2]

メモリー A にストアします.

[Shift] [STO] [A]

手順 2. はこれと同様ですが,第一項の log の 真数(5/4)の分母から抜けるのに[→] を一回,括弧から抜けるのにもう一回押す必要があるので こちらのほうが 1 ストロークだけ多くなります.

[4] [■/□] [5] [→] [Alpha] [log□] [2] [→] [5] [■/□] [4] [→] [→] [+] [1] [■/□] [5] [→] [Alpha] [log□] [2] [→] [5] [Shift] [STO] [B]

レギュレーションに従って メモリー A に 4/3 を掛けたものとメモリー B に 1/4 を掛けたものとの 和をとれば完成です.積記号を省略できるので入力は以下のようになります.

[3] [■/□] [4] [→] [RCL] [A] [+] [1] [■/□] [4] [→] [RCL] [B] [=]

合計 65 ストロークになりました.[log□] に 2 キー必要という欠点が現れています.

この操作での [RCL] はマニュアルに従えば [Alpha] を使うのが正しいのですが,私は メモリ書き込みは [STO],読み出しは [RCL] というペアで統一し, [Alpha] は第二のシフトキーとして使用するインターフェースのほうが 分り易いと考えています.それに基づいて [RCL] を使っています.

2進,論理演算を使用する例題

本機の場合,10 進以外を扱うには一番最初に Base-n モードに入る必要があります.以下のキーを入力します.

[MODE] [4]

画面右下に Dec (10進)と表示されているのを確認ます. 10進以外であれば DEC キー(表面に ■/□ が印刷されているキー)を押すと 10 進モードになります. 今回は入力も出力も 10 進なので最初から最後まで 10 進モードで 計算を進め,途中で 2 進で数値を入力する方針で計算します. まず 10 進モードなので通常と同じように 170 を入力します.

[1] [7] [0]

論理関数の or を呼び出します.これは 本機の特長である Apps キーで選択式の メニューを呼び出します.

[Apps]

メニューが表示され,or が 2 番であることがわかるので [2] をキーインします.

[2]

これで液晶上部の式部分に '170or' まで入力されているはずです. 次に 10 進モードで 2 進表記の数値を入力します.現在の基数(10) と異なる基数の表現の数を入力する方法はマニュアルには見当たり ませんでした. でもカシオ fx-375ES の説明を読んだ方ならピンと 来た人もいると思います.どうやら本機の機能は多くが fx-375ES と共通のようで,試しに [Apps] を押した後に fx-375ES のように [↓] キーを押すと2ページ目のメニューが現れました (このメニュー画面はマニュアルに記載されていますが, 機能の説明がありません).fx-375ES と全く同じ 方法で現在の基数と異なる基数を入力できるようです. 入力したい数の前に基数を示す記号を入力するという手順なので, まず基数の記号を選ぶために [Apps]の2ページ目のメニューを以下のように入力して開きます.

[Apps] [↓]

2 進表記を示す b が 3 番であることがわかるので [3] をキーインします.

[3]

1111 を入力して答えを求めれば終わりです.

[1] [1] [1] [1] [=]

全部で 15 ストロークでした.画面上には入力した式 '170orb1111' が表示されているはずです.

この機種はマニュアルには記載がありませんが, カシオ機と同様に 10 進モード中に一時的に 2 進で数値を 入力することや,その逆を行うことができるため, 今回の例題のような 10 進と 2 進が 混在した論理演算を行うことができます.この機能は IP アドレスの計算で使います. 計算できる桁数はなんと 2 進モードで 32 bit まで使えます. 計算結果の数値を 1 キーで 10 進,2 進,16 進などに 即座に切り替えられるのも特長です.これはフラグなどの 数値を 2 進,16 進にぱっと切り替えて確認できるので便利です.

本機は通常のモードで電卓を使っている状態からだと 2進,論理演算を使うには一番最初のメニューに戻って Base-n モードに入らなくてはいけません. また,専用キーの割り当てられていない論理演算が 本機の特長である Apps キーから呼び出せるのは 分りやすく,便利です.同様に呼び出せる 基数指定のほうほうがマニュアルに無いのは謎ですが.

情報系では,単純に10進数を2進数に変換したいだけ, ということも多いと思います. 本機ではまず電卓を Base-n にしなければなりません. また,変換したい数を 10 進でキーインしただけの状態では 変換が出来ません.[BIN], [HEX] などの基数変換を行う 前に [=] を押して数値を下ラインに表示させる 必要があります. これが慣れないとちょっと分りにくいし 一手間かかります. 単純な 10 進 2 進変換機としては使いにくいと感じます.

統計機能を利用する例題

カシオ機と同様に 表計算ソフトのようにグラフィカルにデータを入力することが出来ます. 個々の例題を計算していきましょう.

1変数統計演算の例題

今回の例題のように同じ値のデータが多く現れるときは計算開始前に セットアップメニューで Frequency (度数)入力機能を ON にします.キー系列は以下の通りです.

[Shift] [SETUP] [↓] [4] [1]

ここまでは最初に 1 回だけ行う操作なので今回のキーストローク数には含めません.

統計モード(STAT モード)に入るには以下のキーを打ちます. 本機の場合,モード選択から STAT モードに入ると統計データは クリアされます.そのため統計メモリのクリア処理は不要です.

[MODE] [3]

1 番の SD (1変数の統計)を選びます.

[1]

表計算ソフトのような画面が表示されますが, この状態を本機では統計データ入力画面と呼びます. 入力したい数値,イコールキーの順に入力していきます. 最初に度数を無視して出現した x の値だけ入力していきます. FREQ 欄には自動的に 1 が入ります.

[0] [=] [3] [=] [4] [=] [5] [=] [6] [=] [7] [=] [9] [=] [1] [0] [=]

次に FREQ 欄の入力に移ります.最初のデータの FREQ 欄に移動するには

[↓] [→]

と入力します.1 個より多いデータが入っている欄の FREQ 数を 入力していきます.

[↓] [↓] [4] [=] [6] [=] [5] [=] [2] [=] [↓] [3] [=]

入力が終ったら[AC] を押し,統計計算が面に移行します. 入力データから計算された 各種統計データを呼び出すには統計メニューを呼び出します. ここまでのキーは以下のとおりです.

[AC] [Apps]

平均値を求めるには 5: S-VAR,2: x イコールを順に押します.

[5] [2] [=]

合計 40 ストロークでした.

2変数統計演算の例題

統計モード(STAT モード)に入るには以下のキーを打ちます. 本機の場合,モード選択から STAT モードに入ると統計データは クリアされます.そのため統計メモリのクリア処理は不要です.

[MODE] [3]

2 番の Lin (線形回帰) を選び,統計データ入力画面に移行します.

[2]

カーソルキーを動かしながら xy の値をセットで入れることもできますが, イコールキーを押すと下のカラムに移動することを利用して, 最初に x の値だけを全部入力してからカーソルを戻して y の値を入力するほうが速く入力できます.

[1] [.] [5] [=] [2] [.] [1] [=] [9] [.] [3] [=] [0] [.] [9] [=] [5] [.] [5] [=] [4] [.] [2] [=] [7] [.] [1] [=] [1] [.] [1] [=]

カーソルを y の先頭に戻して y の値を入力していきます.FREQ 欄はデフォルトの 1 のままです.

[↓] [→] [1] [.] [2] [=] [1] [.] [9] [=] [8] [.] [7] [=] [1] [.] [2] [=] [6] [.] [1] [=] [3] [.] [8] [=] [6] [.] [7] [=] [0] [.] [9] [=]

統計データ入力画面から統計計算画面に移行し,統計メニューを出します.

[AC] [Apps]

相関係数は 8:Reg (回帰演算)サブメニューの 3: r を選びます. 最後にイコールキーを押して値を表示させます.

[8] [3] [=]

合計 74 ストロークでした.

本機の統計演算の入力は 表計算ソフトの形式で 3 行ほどのデータが一度に見える方式 なので直感的に操作しやすく, キーストロークで測れない快適さがあります. カーソルキーでの移動操作などはキーストロークが多くても 問題ないからです.

今回のようなテストでは表に現れませんが, データを入力し間違えた時の修正がやりやすいのも 利点です.実際に使う時には入力ミスがあったときの 操作のやりやすさ,わかりやすさも重要です.

ただ,どのキーで統計データ入力画面を抜けて統計計算画面に行くのか, ([AC]を押す) 逆にデータを修正する場合に統計計算が面からどうやって 統計データ入力画面にに戻って 来るのか,([Apps] [2])というモードの変更が分りにくいです.

2 変数のデータの入力を x, y のセットで入れて行くと 入力が遅くなるのはどうにかならないかなと思います. イコール以外のキーを使って x, y の順に素早く入れられるような入力方法があるといいと思います.

総評

本機の基本的なソフトウェアは同時に発売されたカシオ fx-375ES (機能的には上位機種の fx-915ES) と共通とみていいでしょう. 操作性の差はモードの呼び方, キーバインドが異なるだけと思っていいです. (このページの説明文も手抜きをしてほとんどコピーで済ませました.) しかし本機は 18 桁という高い内部演算精度を 持っていたり 2 進表記で 32 bit まで扱えたりと, ハードウェアが異なることが窺えます. 本機の計算精度は関数電卓全体でもトップクラスなのだそうで, 情報系ではそこまでの精度は必要ないのですが, 本機の売りの一つになっています.

「式通り入力」では本機は log や sin の引数に強制的に括弧が 挿入されます.誤解の可能性が無いという利点はわかりますが, 誤解が起こらないことを最優先として括弧を付ける事で論理的に 単純に定義する,というのは人間寄りではなく計算機寄りの考え方で, 「ライン表示入力」に近いでしょう. パソコンと違って表示桁数も限られているのに省略できる 括弧で桁数を使ってしまうのはもったいないです.

2進,論理演算はとっつきにくく,統計機能は使いやすいという キャラクターです.キーバインドに情報系向きでない点があります. 論理演算のように メニューから選択しなければいけない機能を使う時に [Apps] キーの操作性の良さを感じる事ができます.


Updated in September 7, 2013, Yamamoto Hiroshi Web