シャープ EL-509J

機種の説明

EL-509J-DX

2011年8月発売.「式通り入力」が可能,2 進, 16進数や論理演算が可能で統計機能も持つ機種で 2000円程度 で手に入れることができるので,学生に推奨できる機種です. 後発の カシオ fx-375ES が同等の機能,価格のライバル機となります.

まず関数電卓らしからぬスマートなデザインが目を惹きます. 操作性も犠牲になっていないところがすばらしい. カラーバリエーションもあって,型番の後ろに -BX がつくとブラック,-DX, -GX でそれぞれオレンジ, グリーンになります(写真はオレンジ). グリーンはキーの印刷の青と 色を合わせたほうがよかったかなと思います. 指定機種にするにもカラバリがあるほうが学生に とっても楽しいですよね.

キーの遊びが少ないのもいいです.キーがあっち向いたり こっち向いたりせずビシッとそろっているので, キー自体のスクエアな形状と相まって折目正しい高級感を感じさせます. ちょっとしたことですがけっこう印象を左右するポイントです.

でもシャープさん, 公式ページの宣伝コピーに「人気の高い情報端末のような」はないでしょう. 「どんなシーンにも合うシンプル&シンメトリックデザイン」とか 自分の言葉で言いましょうよ.

本機の大きな特長として「機能メモリー」という機能があります. これはよく使う関数や機能を 4 つまでキーに記憶できる 機能です. 本機の場合底が e, 10 以外の log を計算しようとすると [2ndF] [logax] とキーを 2 回押さないといけないのですが, この機能を使うことで 1 つのキー操作で入力することが できるようになります.

上記キー操作を機能メモリーキー [D1] に記憶させたい場合は [STO] [D1] を押します.すると "STORING D1 SELECT FUNCTION" という表示が出ます.ここで記憶させたいキーストロークの [2ndF] [logax] を入力すると "STORED!" と表示され記憶がが完了します. (最後の "!" がなんかプログラマの仕事っぽい) 以後は [D1] キーを押すだけで [2ndF] [logax] を押したのと同じことになります.任意の底の対数が [2ndF] を押してから呼び出す,いわゆる裏のキーにまわっているのが本機の 情報系学生にとっての欠点なのですが, この機能を使うことでカバーできます.どうせなら底の 2 をキーインするところまで記憶させたいのですが, 残念ながらそれはできません.

上述のようにキーバインドを自分好みに変えられる本機ですが, 標準のキーバインドで優れている点はメモリーに記憶させる操作である [STO] とメモリーから読み出す操作である [RCL] が共に独立のキーとして 1 キーで使用できる点が挙げられます.

最近の他社の機種では [STO] は独立キーとして持たず, 裏に回っているものが多いです. そのような機種でも [RCL] は独立キーに なっているのが普通です. ヘビーユーザーはメモリについては 記憶させる回数よりも呼び出す回数のほうが多い,という考察に基づいた 設計なのでしょう.

初心者はメモリを使うこと自体にハードルを感じているので 少しでもメモリーの使用を簡単にしておいて欲しいです.また,情報理論では 多くの値を一時的に計算して最後にまとめて計算することを行うので, 一回記憶させて一回呼び出すだけ,という使い方を多用します. そういうわけで [STO] が独立しているのはありがたいです.

また,[STO] が独立していることでキーの印刷の色の意味が わかりやすくなっていることも見逃せません. たとえばカシオ,キヤノンのように [STO] が裏にまわっていて 黄色の [SHIFT] キーで呼び出す 機能であれば [STO] の文字は黄色で印刷されます. [STO] と [RCL] が表キー(第一機能)であればこのような色の制約がありません. そのため本機では [STO], [RCL] は青で印刷されていて,その後に打つ メモリ名のアルファベットも青で印刷されているので初心者にも 次にどのキーを打てばいいのかが分りやすくなっています. 本機のキーの印刷はよく考えられたものだと思います.

それでは例題を計算してみましょう.

以下のキーストローク表記では 第 2 機能を呼び出すキーを [2ndF] と表記します. [2ndF] キーの後に表記されるキーの名前は キーの表面に書いてある文字ではなくその機能名で表記します. つまりキーの上にオレンジ色で印刷されている文字を表記します. 例えば [logax] は Exp が表面に印刷されている キーの上にオレンジ色で印刷されている第 2 機能なので, logax のキー入力は [2ndF] [logax] と表記します.

log を使用する例題

まず手順 1. です. log に与える数をあらかじめ逆数で入力する,
(1/3)log23 + (2/3)log23/2
の式を計算します. 1/3 や 2/3 の括弧と乗算記号が省略できるので入力は

[1] [a/b] [3] [→] [2ndF] [logax] [2] [→] [3] [→] [+] [2] [a/b] [3] [→] [2ndF] [logax] [2] [→] [3] [a/b] [2]

メモリー A にストアします.

[STO] [A]

手順 2. はこれと同様ですが,第一項の log の 真数(5/4)の分母から抜けるのに[→] を一回,括弧から抜けるのにもう一回押す必要があるので こちらのほうが 1 ストロークだけ多くなります.

[4] [a/b] [5] [→] [2ndF] [logax] [2] [→] [5] [a/b] [4] [→] [→] [+] [1] [a/b] [5] [→] [2ndF] [logax] [2] [→] [5] [STO] [B]

レギュレーションに従って メモリー A に 4/3 を掛けたものとメモリー B に 1/4 を掛けたものとの 和をとれば完成です.積記号を省略できるので入力は以下のようになります.

[3] [a/b] [4] [→] [RCL] [A] [+] [1] [a/b] [4] [→] [RCL] [B] [=]

合計 63 ストロークになりました.上で書いたように機能メモリーキーに [2ndF] [logax]を登録しておくと 59 ストロークで済みます.情報系の学生は [2ndF] [logax] を登録しておきましょう.

[STO] が独立して [RCL] と並んでいるのがいいですね. メモリーに設定,呼出しを繰り返す計算が快適です. この機種のメモリーはとても使いやすいので 学生のみなさんもこの例題で練習して 積極的にメモリーを使うようにして下さい.

2進,論理演算を使用する例題

まず,通常の状態(10進)で 170 を入力し, 2 進モードに変更します.

[1] [7] [0] [2ndF] [→BIN]

2進モードではキーに cos と印刷されているキーが OR のキーになります.キーの右上に白で印刷されています. このキーを [OR] と表記します.(実際にキーにORが印刷されているわけではない) 下の統計でふれた [DATA] キーもそうなのですが, モードによって表キーの機能が変わるこのルールは分りにくいです.

続きの入力は以下のようになります.

[OR] [1] [1] [1] [1]

この後式を確定させ 10 進に戻れば完成です.

[2ndF] [→DEC]

全部で 12 ストロークでした.

この機種で 2 進数の扱う時の特長は普段の計算モードと 2 進モードをすぐに行き来できるところでしょう. ちょっと「この数は2進ではどうなんだろ」 という時に使いやすいです. 普通に計算をしていた状態で,モード変更をすることなく 数値をキーインした状態で [2ndF] [→BIN]で値の確定と 2進表示が同時にできて便利です. また 2 進(10進以外)モードのときに論理演算が 1 キーで呼び出せるのも 便利です.

これは 10 進モードの時(通常時)に三角関数などが割り当てられているキーに 10 進以外の時に論理演算を割り当てているからで,そのために 10 進以外で三角関数は使えませんし 10 進で論理演算が使えません. 10 進以外で三角関数は使わないでしょうが,ネットワーク分野では 10 進の論理演算を使います.

また,本機の特徴として,表示させている基数でしか 値を入力できないということが挙げられます. このため,IP アドレスの計算などで使う 10 進 2 進が混在した 論理演算を行う式が入力できません. 10 進で入力した値に対して 2 進で入力した数値との論理演算を行うには 一度 2 進表示に変換する必要があります.

また,2 進表示では(内部的にも) 10 bit までしか使えないのが問題になるかもしれません. 本機は 2 の補数表現なので値としては -512 から 511(10進)までの 数値になります.ちょっと心配ですね.

実務で使うのならこれらの点は問題になるかもしれませんが, 情報系の教育目的であれば問題無い,むしろ有利と言える面もあります.

2 進表示モードで 10 bit までしか使えない問題については ネットワークなどで出て来る数値は 8 bit で区切られているので 256 まで扱えれば大丈夫といえます.もともと人間が扱いやすいように そうなっているからです.それより桁の多い 2 進表記は 情報系では表示スペースの節約のため 普通 16 進(か8進)で記述します. 今回の例題では 10 bit で問題無いとはいえ, 後継機種では改善を期待したいです.

10 進表記の数値は一度 2 進に変換しなければ論理演算にかけられないという点は, 結果を得るだけなら基数混在の演算ができたほうが効率的ですが, 教育という観点ではメリットと言えます.IP アドレスの論理演算などは 10 進で与えられた IP アドレスの 2 進表記を考えるのが理解のポイントなので その過程を強制的に学生に見せるのは学習効果があると思います.

統計機能を利用する例題

1変数統計演算の例題

統計モードに入るには以下のキーを打ちます.

[MODE] [1]

次に 1 変数統計計算であることを入力します.

[0]

最初に統計メモリをクリアします

[2ndF] [CA]

以下データを順に入力します.DATA と表記してあるのはキーのトップに CHANGE と印刷されているキーです.左上に白で DATA と印刷されていますが 分かりにくです.数値を入力したあと [DATA] キーを 押す事を繰り返します.同じ数値の入力を繰り返す場合は 数値をキーインした後に [DATA] キーを続けて複数回押す方法と, 数値をキーインし後に [,] キー (キートップに "," と "(x,y)" が印刷されているキー)を押して個数を入力してから [DATA] ボタンを押す方法があります.キー入力は以下のようになります.

[0] [DATA] [3] [DATA] [4] [,] [4] [DATA] [5] [,] [6] [DATA] [6] [,] [5] [DATA] [7] [DATA] [DATA] [9] [DATA] [1] [0] [DATA] [DATA] [DATA]

データの入力が終わると以下のキーで平均値を求めます.

[RCL] [x]

合計 33 ストロークでした.

2変数統計演算の例題

まず統計モードに入ります.

[MODE] [1]

2 変数の統計の相関係数はこの機種の場合 1 次回帰計算 というモードになります.

[1]

最初に統計メモリをクリアします

[2ndF] [CA]

以下データを順に入力します.2 つの変数は [,] キー (キートップに "," と "(x,y)" が印刷されているキー)で区切ります.2 変数統計の 場合も xy 両方が同じデータが複数ある場合は yの数値のキーインまでを行って [DATA] キーを続けて複数回押す方法と, 数値をキーインし後に [,] キー (キートップに "," と "(x,y)" が印刷されているキー)を押して個数を入力してから [DATA] ボタンを押す方法があります.キー入力は以下のようになります.

[1] [.] [5] [,] [1] [.] [2] [DATA] [2] [.] [1] [,] [1] [.] [9] [DATA] [9] [.] [3] [,] [8] [.] [7] [DATA] [0] [.] [9] [,] [1] [.] [2] [DATA] [5] [.] [5] [,] [6] [.] [1] [DATA] [4] [.] [2] [,] [3] [.] [8] [DATA] [7] [.] [1] [,] [6] [.] [7] [DATA] [1] [.] [1] [,] [0] [.] [9] [DATA]

データの入力が終わると以下のキーで平均値を求めます.

[RCL] [r]

合計 71 ストロークでした.

統計機能のインターフェースはグラフィカルでなく, とっつきにくいですが明快で早く入力できるのが特長です.

実際に使う場面では入力した値を一度は確認すると思います. 本機はカーソルキーの上下ですぐに入力したデータセットを 順に表示でき,その場で修正もできます.

修正の後,平均値などを表示させるモードに移行するキーが [ON/C] なのは少し分りにくいです.

総評

同じように見えて機種ごとに結構違うのが「式通り入力」です. 本機の「式通り入力」はなかなか先進的です.特に積記号の省略や,sin,log などの被演算数が単項式の場合に括弧を省略できるのが教科書表記に 近く好印象です.2×log(10×A) よりも 2log10A のほうが教科書らしいですよね. 特にこの機種は log10A を log(10×A), log10+A を (log10) + A と解釈してくれます.すばらしい. 残念ながら情報系で多用する log2 には括弧が強制的に付きます.これは真数が分数の場合分母の位置と 底の位置が似ているため,括弧がないと紛らわしくなるための配慮でしょう. 解像度が上がってこの括弧が不要になるのを期待します.

暗号理論では例えば 1327 を 55 で割った余りを求める, という計算が出てきます. 大きな冪乗は有効桁数の問題からそのまま一発で計算することはできず, 冪を分割して何回も余りを求める計算を繰り返さなければいけません. ライバルの fx-375ES, F-789SG にある余りを求める機能が この機種には無いので,後継機種では搭載して欲しいです.

2 進,論理演算は使いやすく,統計機能は使いにくいと 感じるかもしれません.情報系の学生は統計処理はエクセルで 行うことになるので,この機種が向いていると思います. ちょっとキーバインドが気に入らない部分もありますが, 4 つまでキーを登録できるのでそれで解決できます. この機種の魅力は,個人の好みもありますが「式通り入力」が カシオ機よりも教科書に近い点でしょう. ここが気に入ったら一般の理工系の学生にも お勧めできる機種だと思います.


Updated in November 14, 2013, Yamamoto Hiroshi Web